車上荒らし!?スタジオ帰りに起きた小さな事件
スタジオリハの日。
スムーズなスタートと、順調なリハーサル
この日は朝からわりといい感じで、コンガもカホンも気持ちよく車に収まった。
よし、今日はスムーズにいけそうだ。
そんな自己評価を胸に、わたしは駐車場に車を停めて、
台車に楽器を積み、黙々とスタジオへと運んだ。

リハは順調。演奏も悪くない。
メンバーの反応も悪くない(たぶん)。
何より、忘れ物ゼロ。
年に何度もない自己肯定感に、演奏内容とは無関係の理由で頬が緩む。
これは勝ち試合、今日は完全に勝ち試合。
──だった。帰り道までは。
駐車場に戻ると、まさかの展開
リハが終わり、爽やかな疲労感を味わいながら駐車場に戻ると、
遠目から車のドアが開いているのが見えた。
──車のドアが、開いていた。
開いていた。
開いていた。
開いていた。
大事なことなので、思考の中で三回くらい繰り返した。
あれ? ……いやいやいや。
これはもしかして、え?
車上荒らし!?
車上荒らし!?の衝撃と、まさかの事実
でも、なぜかちょっとワクワクしている自分もいた。
「人生で一度くらい、車上荒らしに遭うイベントがあってもいいのでは?」という謎の自意識が発動していた。
落ち着け、自分。
人は非日常に出会うと、わけの分からないポジティブ思考をするものなのだ。
わたしは全力で車に駆け寄った。
その勢いで台車がガタッと揺れ──
コンガが、落ちた。
アスファルトに倒れ込むオークシェルのボディ。
ゴリゴリと擦れる悲鳴。
「うわ、それだけは聞きたくなかったやつ……」
たぶんこの日、一番の絶望はそこだった。
震える手でドアを開け、車内を確認。
……無傷。
……荷物ある。
……機材もある。
変わったことといえば、ドリンクホルダーのお茶がちょっとぬるくなってたくらい。
何も、盗られていない。
……あれ?
鍵が…刺さっていた
ポケットを探る。
車の鍵が、ない。
あれ? あれれ?
…………………………見た。
見えてしまった。
鍵が。車のドアに。刺さっていた。
ああ、そうか。
そうだったか。
やっぱりそうか。
そういえば、楽器を台車に積んだとき、
鍵をポケットにしまった記憶がない……。
スタジオへの忘れ物ゼロでドヤってたくせに、どうやらわたしは
・ドア全開
・鍵刺しっぱなし
・機材満載
という、忘れ物三冠王の状態で数時間スタジオにいたらしい。
あまりに堂々とやらかしてて、もはや逆に貫禄すら出てた。
危険物じゃないのに、誰も近づかない感じ。開けっぱなしの冷蔵庫みたいな。
でも、ここからが人間の不思議なところで。
何も盗られていないとわかった瞬間、
恐怖の感情が恥ずかしさに転化するのだ。
……待てよ。
これ、絶対見られてたよな。
いや、誰かしらには確実に「あ、あの車……ドア開いてるな……」って目で見られてた。
たとえるなら、
駅のホームでスーツケース全開にして寝てる旅人みたいな状態だったわけで。
「大丈夫かな、声かけたほうがいいか……いや、変に関わると逆に面倒なことに…」って判断される類のやつ。
これもう、無防備というより、人生の負け感で結界張ってた車としか思えない。
セキュリティじゃなくて、「今日この人たぶん限界きてるな…」っていう空気で、
まわりがそっとバリア張ってくれてた感。
恥ずかしさとセルフサプライズの結末
もちろん盗られてないのはありがたいんだけど、
それはそれでなんかこう……
人としての信用スコアが、じわじわ削られてる感じがする。
つらい。想像だけでつらい。
わたしの人間としての防犯偏差値、今たぶん27くらい。
それでも何事もなかったことに感謝しつつ、
そっと鍵を抜き、ドアを閉め、
傷ついたコンガをなだめながら帰宅。
車内のぬるくなったお茶を一口飲んで、
心のなかで自分に言い聞かせる。
「……うん、今日はもう、何もしなくていい」
それにしても、何も起きていないのに一人で勝手に騒ぎ、勝手に転び、勝手に落ち込むあたり、
わたしは多分、トラブルの自演力が異様に高い人間なのだと思う。
誰にも迷惑をかけず、自分にだけ深手を負わせる──それがわたしの才能だ。いらねぇ、そんな才能!