タップダンスに正解はない。ゴールもない。だから面白い。
成層圏で小躍りしたい
タップダンスのワークショップに参加してきました。
講師はNaoさん。
わたしにとって、タップダンス人生を救ってくださった大恩人です。
むかし、タップダンスで大きな大きな壁にぶつかったことがありました。
もうダメだ。自分には無理かもしれない。
本気で辞めてしまおうかと思っていた頃、Naoさんのレッスンを受講しました。
そこで感じたのは、
「あ、わたしはタップダンスをやってもいいんだ」
ということでした。大げさな表現ではなく、人生の救済でした。
もちろん技術の問題が片づいたわけではありません。足は相変わらずもつれたし、ステップを見て真似るための短期記憶もズタボロなまま。
それでも、自分がタップダンスを続けることを、自分自身に許せるようになった。
あのレッスンがなかったら、わたしはタップダンスを辞めていたかもしれません。
今も細々と、こっそりと、でも楽しくタップダンスを続けていられるのは、Naoさんのおかげです。
そのNaoさんは、現在は鳥取でご活躍されています。
東京でお会いできる機会は滅多にありません。
そんなNaoさんが、一年ぶりに東京へ!
しかもワークショップまで開催してくださるというではありませんか。
光の速さで申し込みをしました。
嬉しい。本当に嬉しい。もう成層圏で小躍りしたい。
いや、小躍りしている場合ではない。タップシューズを履かなければ。
ステップにもご先祖様がいる
今回のワークショップで、特に印象に残ったことがあります。
ステップの原典にあたること。
わたしたちが当たり前のように踏んでいるステップ。
それはある日突然、地面から生えてきたものではありません。
むかし、どこかの誰かが生み出したものです。
それを誰かが学び、また別の誰かへ伝え、師匠から弟子へ、時代を経て受け継がれてきた。
長い年月の中で、少しずつ形を変えてきたものもあるでしょう。
そうしたステップの原型に触れてみると、今わたしたちが知っている動きとは、まったく違うものだったりする。
これが実に面白い。
なぜそんな動きだったのか。
誰が、どんな時代に、何を考えて生み出したのか。
どんな音楽が流れ、どんな場所で踊られていたのか。
家系図をひらいたら、ご先祖がまったくちがう顔をしていた、という感じ。
そうした背景を知ることで、普段何気なく繰り返しているステップが、まるで違って見えてくるのかもしれません。
温故知新。
あまりにもありきたりな言葉ですが、ほかに適切な言葉が見つからないです。
古いものを知ることは、昔のやり方を忠実に再現するためだけではなく、新しいものを発見するためでもあるのです。
ステップではなく「人」を見せる
もう一つ、強く印象に残ったのが、
「人」を出す。
ということ。
これがまた、考え始めると実に深い。
たとえば、誰かが踊っていたステップをそのまま丸ごとコピーする。
技術の習得としては必要な過程です。
でも、それをそのまま自分の表現として披露するだけでは、どこか物足りない。
一方、誰かのステップから着想を得て、自分なりに咀嚼し、解釈し、組み替え、発展させる。
そうして生まれたものには、その人自身の考え方や感性が入り込みます。
同じステップを踏んでいても、踊る人によってまったく違うものに見えることがあります。
何を選び、どう組み合わせて、どんな音を鳴らすか。どこに間を置くか。
好みも美意識も、くぐってきた人生も、足もとからにじみ出ます。
つまり、見せるべきものはステップの種類や難易度だけではなく、そのステップを踏んでいる「人」なのです。
もちろん、これはNaoさんのお話から、わたしが勝手に考えを広げている部分が多々あります。
でも、こういうことを考えるのが楽しくて仕方ありません。
昨日と同じものを持っていかない
ステージに立つなら、常に新しいステップを持っていく。
これも印象に残った考え方です。
もちろん、毎回すべてを新作にするという意味ではないのかもしれません。
一つでも新しいものを持っていく。
昨日までできなかった動きでもいい。
以前から知っているステップに、新しい解釈を加えてみるのでもいい。
あるいは、古い映像を研究して発見した動きを、自分なりに取り入れてみるのも面白そうです。
学ぶ。
研究する。
試してみる。
失敗する。
額を壁に打ち付ける。
また考える。
そして、少しだけ新しいものを生み出す。
その繰り返し。
考えてみれば、ずいぶん面倒くさいことをやっています。
でも、その面倒くささが面白いのです。
一度できあがったものを、完成品として床の間に飾らない。更新しつづける。
表現する人間にとって、これは大切な姿勢なのだと思います。
ゴールだと思ったら、きっと間違っている
タップダンスに正解はない。ゴールもない。
むしろ、ここがゴールだと思ったら、きっと間違っている。
今回のワークショップで考えたことを振り返ると、この言葉に行き着きます。
もちろん、目標を持つことは大切です。
このステップを踏めるようになりたい。このリズムを表現したい。こんなステージを作りたい。
そうした一つひとつの目標には、到達点があります。
でも、タップダンスという表現そのものに、最終的な完成形はない。
ある技術を習得すれば、その先にまた別の世界が広がる。
古いステップを研究すれば、知らなかった表現に出会う。
誰かの踊りを見れば、自分とはまったく違う発想に驚かされる。
そして、自分自身も変わっていく。
昨日の自分と今日の自分では、同じステップを踏んでも、きっと何かが違っている。
終わりがない。
なんと困ったことでしょう。なんて楽しいことでしょう。
あの日の続き
今回のワークショップで学んだこと、感じたことを、こうして書き連ねてみました。
ここまでの内容には、Naoさんから教わったことだけでなく、わたし自身の勝手な解釈や妄想もたっぷり混ざっています。
Naoさんのお話を正確に再現した講義録ではありません。
あくまで、一人の受講者が何を感じ、何を考えたかという記録です。大恩人の名誉のために、これだけはしつこく言わせていただきました。
かつて、Naoさんのレッスンで、
「あ、わたしはタップダンスをやってもいいんだ」
と思えたことがありました。
年月が経ち、今もこうしてタップダンスを続けています。
再びNaoさんのレッスンを受けて、今度はステップの歴史や、自分自身の表現について、あれこれ考えている。
あの日、辞めてしまわなくてよかった。
心からそう思います。
Naoさん、本当にありがとうございました!
またお会いできる日を、楽しみにしています。
それまでに、わたしも何か一つくらい、新しいステップを持っていけたら。
成層圏で小躍りするのは、そのあとにしておきます。
Naoさんについて
NAOYUKI HASHIMOTOさん
小学3年生からタップダンスを始め、東京ディズニーリゾートのダンサーとして活動した後、ニューヨークへ留学。
アポロシアターやJacob’s Pillowなどの舞台に出演。タップダンサーのAndrew J. Nemrに師事し、彼のカンパニー「CPD Plus」の公演にも参加。2015年には作品『Three Suites』にゲスト出演されています。
帰国後も国内のさまざまな舞台に出演し、現在は鳥取を拠点に活動されています。
タップダンスの技術だけでなく、その歴史や文化、表現のあり方についても学ぶ機会をくださる、わたしの大切な先生です。

