たのしむらやまポータルで本人確認できない
資料の最後の行まで来ていた
カードを財布に戻した。時間は23時03分。
たのしむらやまポータルの本人確認は、とうとう最後まで通らなかった。東村山市の公共施設の予約などができるサイトだ。公共施設予約はまだ使えない。
原因は分からない。
市はエラーごとの対処法をまとめた資料を作っている。そこに載っている原因を上から順に当たった。iPhoneの既定のブラウザの設定も、Safariのプライベートタブも確かめた。全部試した。
全部当たって、通らなかった。
問題集を最後のページまで解いて、答え合わせをしようとしたら巻末に答えが付いていなかった、という感じに近い。いや、少し違うか。ただ、解いた手応えだけは妙にある。
市は専用端末を色んな施設、13か所に置いているらしい。資料といい端末といい、オンラインで通らない人が相当数いる、という前提の備えではないのか。この町には、夜中に同じ画面を見た同志がほかにも大勢いるのだ。顔は知らない。たぶん、どこかですれ違ったことはあると思う。
登録は公民館などの各施設の専用端末でもできるし、情報政策課の窓口での本人確認でもできるらしい。公民館のホールと登録なしの随時申込は、ポータルを通さずに窓口で申し込めるらしい。今夜が期限の手続きはひとつもない。
資料の全項目を済ませた者として、堂々と端末の前に立てる気がしている。何が堂々なのかは、自分でもよく分からないが。
電話の中で、いるはずのものが出てこない
その三分前、23時00分にはアプリを疑っていた。
古いアプリが入っているせいではないか、と考えたのだ。確かめると、入っていたのは、最新版のマイナアプリだった。疑ってすまなかった、とアプリに対して謝罪した。
その一分前、22時59分には、ブラウザをSafariにしてみた。変わらなかった。
22時55分には、設定を変えていた。変えると、アカウント作成の画面からやり直しになった。すごろくの「ふりだしに戻る」は、子どものころはただ悔しかったけれど、大人になると道中の景色まで覚えているぶん、味わいが違う。
22時54分には、ホーム画面を見ていた。アプリは入っている。ちゃんと四角く座っている。
それでも画面には「マイナアプリが起動できない」と出る。スマホに切り替えたのが22時52分で、最初に出たのがこの文言だった。
いるのに、起動できないと言われている。この言い回しには、少し前に別の機械の上で会っている。
読込(1回目)の前で、パソコンの部が終わる
なぜスマホに切り替えたかというと、パソコンが行き止まりになったからだ。
22時49分、パソコンの画面には「マイナンバーカードの読込を2回行います」「読込(1回目)」と出ていた。ここで初めて、パソコンで読み取るにはカードリーダーが要ると分かった。わたしのパソコンには付いていない。
カードは手元にある。パソコンも目の前にある。両者のあいだに、十センチくらいの空気がある。カードをモニタに近づけてみる、ということは、しなかった。しなかったけど、少し考えた。
2回目の読込のことは、2回目に行けた人だけが知っている。
同じ22時49分、そのひとつ手前の画面には、注意書きがあった。既定のブラウザがSafariかChromeでないとエラーになる。暗証番号を3回間違えるとロックされ、解除は市役所の窓口まで行かないといけなくなる。
3回という数字を見て、背筋が少し伸びた。まだ1回も入力していないのに、もう2回間違えたような気持ちになる。
結局、今夜は1回も入力していない。ロックからはいちばん遠いところにいる。
入っているのに、入っていないと言われる
さらに一分前、22時48分。わたしはChromeの拡張機能の一覧を開いていた。
「マイナポータル」は、いる。このサイトへのアクセスも許可されている。
ところがその二分前、22時46分のポータルの画面には、こう出ていた。
「お使いのブラウザにマイナポータル拡張機能がインストールされていません」
入れたのは22時44分。入れて二分後に、入っていないと言われたことになる。
小学校のとき、出席をとる先生に名前を飛ばされたことがある。手を挙げて「います」と言うべきか、しばらく迷った。あれは何年生だったか。記憶に自信はない。
拡張機能は手を挙げない。一覧の中で、青いスイッチをオンにしたまま黙っている。わたしは彼の側に立つことにした。きみはいる。わたしだけは知っている。
ポータルを運営しているのは市で、本人確認のところはデジタル庁のマイナアプリが受け持っている。別々の二つを、ブラウザがあいだに立ってつないでいる。止まったのは、そのつなぎ目だった。つなぎ目で止まると、どちら側の事情なのか、こちらからは見えない。襖の向こうで二人が何やら話しているけれど、どちらも顔は出さない、という感じ。
拡張機能を入れてから、23時00分のエラーまで、約16分。そのあいだに、パソコンで二種類、スマホで一種類の行き止まりに当たった。カップ麺なら五つ作れる時間で、わたしは行き止まりを三つ作った。
規約を読んでいる人がいる
22時32分まで戻る。
わたしは利用規約を読んでいる。公共施設予約には、マイナンバーカード認証等による本人確認が必要、とある。
規約というものはたいてい読まない。読まないで同意する。それを今夜に限って読んでいるのは、なんというか、土曜の夜だからだと思う。
この人はまだ、拡張機能のことを知らない。カードリーダーのことも、ふりだしのことも、資料に最後の行があることも知らない。本人確認が必要なのか、なるほど、くらいの顔をしている。
声をかけてやりたい気もするけれど、とてもではないが、かける言葉がみつからない。
カードは、まだ財布の中にある。
