交差点! 見知らぬ手が鳴らす轟丸

長崎神社の例大祭で和太鼓演奏をさせていただきました。ありがとうございました!
例大祭とは、神社が一年でいちばん気合を入れるお祭りのこと。光栄の極みです。

長崎、と聞いた瞬間、わたしの脳はちゃんぽんを茹ではじめる。皿うどんでもいい。
でもここは東京の東長崎だ。カステラも路面電車も出てこない。

出てくるのは太鼓とアニキたちだ。
尊敬するアニキたちとやっている「長六太鼓会」で、今年も叩いてきた。

演奏場所は、お神輿の御神酒所の前。由緒が正しく、背筋が伸びる。
でも足元は交差点だ。ふだん車が信号待ちをしている、あの白線とかの上。
車道を超えないようロープは貼られているけれど、「ここから先はステージです」という線は、どこにも引かれていない。

わたしの太鼓は「轟丸(とどろきまる)」という。
ちょっと人見知りだ。教室の外に出ると、皮がほんの少し突っぱる。
というのは大嘘だけれど、時々そういう顔をする。

前に人。
横にも人。
振り返ると、後ろにも人。
包囲されている。

ふいに頭の中で『太陽にほえろ!』のテーマが鳴りはじめた気がした。

逃げ道はない。
ならば、こちらから攻め込むしかない。
轟丸を担ぎ、お客さんの輪に突っ込んだ。満面の笑みで、目の前にいた人にバチを差し出す。

「叩いてみませんか」

冷静に考えると、かなり急な話だ。コンビニの前でいきなりしゃもじを渡され、「炊いてみませんか」と言われるのと構造はほぼ同じだ。
わたしなら逃げる。

ただし、こちらも無策で突撃したわけではない。実は、あらかじめ目星をつけていた人がいた。
お神輿の担ぎ手さんで、缶ビール片手にたいへん楽しそうに見てくださっていた方だ。
この人ならいける。そう踏んだ。誰彼かまわず突撃するほど、わたしの心臓は頑丈にできていない。勇敢に見えて、事前の市場調査には余念がない。

そして、その読みは当たった。

ドン。
「おおぅっ」

声が出た。わたしの口からだ。とてもいい音だったのだ。
しかもこの人、ただ叩くだけではない。片手には缶ビール。飲みながら叩く。ちょっとした動きまで入れて、くるりとターンまで披露してくれた。
予想をはるかに超える強力な味方だった。
わたしは太鼓を担いで観客に突撃したつもりだったが、どうやら最初から正解の人を選んでしまったらしい。市場調査が優秀すぎた。

すると今度は、一人の女性が自分から進み出てくれた。

「わたしも叩いてみたい」

これは嬉しい。
こちらからバチを差し出す前に、向こうから来てくれたのだ。楽しそうな笑顔で轟丸を叩いてくれる。
ついさっきまで「見る人」だった人が、いつの間にか「鳴らす人」になっている。

轟丸も心なしか張り切っている。ふだんわたしが叩くより、知らない人に叩かれたほうが機嫌がいい。どういう了見だ。

さらに、二人組の子どもたちまで進み出てくれた。わたしたちも叩きたーい、とのこと。
これは強い。

子どもが自分から出てきて、楽しそうに太鼓を叩いている。こうなれば周りのお客さんも味方である。
わたしが満面の笑みで太鼓を担いで走り回っても、子ども二人の破壊力にはかなわない。
子どもという属性は非常に強い。ずるいと思う。でも本当に感謝しかない。

最初は、こちらからお客さんの輪に飛び込んだ。それがいつの間にか、向こうから人が出てきてくれるようになった。
誰がお客さんで誰が出演者なのか、だんだんわからなくなってくる。
お祭りは、人間を分類するのが苦手らしい。わたしはそういうところが好きでたまらない。

ふだん教室で和太鼓を教えるときは、順番がある。

バチの持ち方。
構え。
腕だけで叩かず、身体全体を使うこと。
身体を痛めずに大きな音を出すにはどうするか。
一つずつ積み上げていく。教室ではそれが大事。

でも交差点で初めてバチを握った人に「では足を肩幅に開いてください」とかやりはじめたら、急にレッスンが始まってしまう。
お祭りに来た人はレッスンを受けに来たわけではないし、わたしも講師の顔で交差点に立ちたくはない。

なので、とりあえず叩いてもらう。

「あ、鳴った!」

それで100点満点。
教室には、昨日できなかったことが今日できる喜びがある。
でもお祭りには、通りかかった知らない人を三秒で仲間にする力がある。

履歴書不要。
性別も経験年数も不問。
バチ一本で入国審査は終わり。
和太鼓という国は思っていたより国境がゆるい。素敵。

どこからかソースの匂いがした気がする。焼きそばか?

わたしの鼻が、太鼓より先に屋台のほうを向きかけた。
でも轟丸を担いだまま行列に並ぶわけにはいかない。
『あとで』と自分に言い聞かせる。
あとで、がちゃんと来た試しはないが。

ここまでなら、なかなか高尚で文化的な一日だ。

地域のお祭り。
人と人とのふれあい。
演者と観客の垣根を越えた、音の共有。

わたしも書きながら『かなりいい話になってきたぞ』とか思いはじめてる。
でもわたしの担当はここまでだった。

このあと、ふんどし一丁に仮面をかぶった怪人物が現れた。
仮面の人は、交差点のど真ん中で三点倒立を始めた。
お客さんたちに見栄を切り、続いてバク転。
さらにアニキたちによる「ヘンなオジサン」の踊り。

そして気づいた。
さっきまで轟丸に集まっていた視線が、ひとつ残らず仮面の人の逆さまの足の裏や尻に移っている。

轟丸とわたしは、ふんどしに主役を持っていかれた。完敗だ。完敗だけれど悔いはない。
とりあえず、太鼓がふんどしに負けた日として、わたしの年表には刻んでおこうと思う。

でも。
これらについては、すべてアニキたちにお問い合わせいただきたい。
わたしは一貫して関与を否定している。

「おまえもその場にいたではないか」

いた。

「写真に写っているではないか」

写真どころか、動画まである。
現代社会は記録性能がちょっと高すぎると思う。

東長崎の皆さまと、長六太鼓会のアニキたち、今年もありがとうございました。
知らない人と一緒に轟丸を鳴らせて、楽しかったー。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です