鍵の多すぎる世界。それは本当に「開ける」ための鍵なのか
サバイバルホラーゲームが好きだ。
暗い廊下。
不穏な足音。
開けたくないドア。
でも開けないと進まないドア。
そういうものに、わたしは弱い。
ゲームの世界観を現実に置き換えて考えるのは野暮だ。それは分かってる。
ゾンビが徘徊する洋館で「消防法的にどうなのか」などと言い出す人間は、たぶん一緒に探索したくない。
こちらも、できればそういう人間にはなりたくない。
でも、どうしても気になることがある。
鍵が多すぎる。
サバイバルホラーゲームの世界では、どこへ行くにも鍵だ。
廊下の先にも鍵。
地下室にも鍵。
倉庫にも鍵。
倉庫の奥の小部屋にも鍵。
そこに何をそんなに守るものがあるのか。
「施錠されている」
「鍵が必要だ」
この一文が出た瞬間、わたしの中の何かが小さく座り込む。
またか。
またわたしは、暗い施設の中をうろうろしながら、誰かがどこかに置き忘れた小さな金属片を探すのか。
ゾンビはいい。
まだ分かる。
あいつらは噛みたいのだ。
目的が単純で、かえって清々しい。
でも鍵は違う。
鍵は黙っている。
鍵は説明しない。
鍵は、こちらの行く手をふさぎながら、自分は小さく光っていたりする。
小さいくせに、態度が大きい。
そもそも、危機的状況なのだ。
館には怪物がいる。
病院には何かよくないものがいる。
研究所では、だいたい研究してはいけないものを研究している。
そんな状況なのに、主人公たちはやたら律儀だ。
ドアが閉まっている。
鍵がない。
では引き返す。
なぜだ。
蹴破るとか。
窓から入るとか。
近くにある斧でどうにかするとか。
そういう発想はないのか。
もちろん、ゲームとしては分かる。
ドアを全部蹴破れたら、探索も謎解きもあったものではない。
プレイヤーは全室に土足で侵入し、物語は早めに終わる。
それはそれで、主人公の職業が「退魔師」ではなく「乱暴な不動産査定士」みたいになってしまう。
それでも思う。
この扉、本当に鍵で開ける必要があるのか。
木製のドア。
古い洋館。
湿気も多そう。
こちらはショットガンを持っている。
撃てばいいのでは。
でも撃てない。
扉には弾が効かない。
ゾンビには効くのに、古いドアには効かない。
この世界のドアは強い。
怪物よりも、時に強い。
ラスボスよりも、序盤の鍵付き扉の方がよほど堂々としている。
ラスボスは倒せば死ぬが、鍵付き扉は鍵がない限り、いつまでも扉であり続ける。
あれは建具ではない。
制度だ。
たとえば、ホラーゲーム的な病院を現実に置き換えてみる。
救急車が到着する。
「急患です! すぐに処置室へ!」
医師が走る。
看護師も走る。
患者も運ばれる。
非常に緊迫した場面である。
しかし、処置室の前で一行は止まる。
「施錠されている」
困る。
「処置室の鍵はどこですか!」
「院長室の机の上にあるはずです!」
「院長室へ!」
走る。
しかし院長室も閉まっている。
「院長室の鍵は?」
「地下倉庫です!」
地下倉庫へ向かう。
だが、地下倉庫には特殊な紋章が必要だった。
「この扉には、蛇のレリーフが欠けている」
欠けている場合ではない。
患者が死ぬ。
そして、蛇のレリーフは霊安室にある。
霊安室の鍵は中庭の噴水に沈んでいる。
噴水を動かすには電源が必要で、その電源室に入るには、なぜかカラスの鍵が必要。
もう病院じゃない。
これは命を使った脱出ゲームだ。
現実なら大問題だ。
行政指導では済まない。
院内会議の議題が「感染対策」ではなく「なぜ処置室の鍵を霊安室経由にしたのか」になる。
だが、サバイバルホラーの世界では、こういうことが平然と起こる。
でも誰も怒らない。
主人公も、少し困った顔をして引き返すだけだ。
わたしならその場で床に座る。
そして扉に向かって、小さめの説教を始める。
「お前にも事情はあるだろうが、今じゃないだろ」
鍵のデザインにも問題がある。
普通の鍵でいいのだ。
施設管理用キー。
処置室キー。
倉庫キー。
第2研究棟キー。
そういう実務的な名前でよい。
しかし、サバイバルホラーの鍵は違う。
ハートの鍵。
スペードの鍵。
カラスの紋章の鍵。
蛇の鍵。
古びた鉄の鍵。
汚れた鍵。
どこかで見たような鍵。
何に使うか分からない鍵。
感情が多い。
鍵がいちいち詩的なのだ。
「ハートの鍵」と言われると、こちらも少し身構える。
この鍵で開く扉は、本当に物理的な扉なのか。
それとも、わたしの中の閉ざされた何かなのか。
そんなことを考えている場合ではない。
背後からゾンビが来ている。
「カラスの紋章の鍵」も困る。
なぜカラスなのか。
誰が決めたのか。
施設の会議室で、大人たちが真面目な顔で決めたのだろうか。
「第3エリアの鍵は、カラスでいきましょう」
「いいですね。死と不吉さの象徴ですし」
「では倉庫は?」
「シバイヌで」
「急にかわいいですね」
そんな会議があったのか。
あってほしくない。
しかし、なかったとも言い切れない。
この世界の施設設計者たちは、実用性よりも象徴性を優先しがちだ。
ドアを開けるための鍵なのに、なぜか占いの道具のような顔をしている。
鍵とは、本来もっと地味なものではなかったか。
玄関の鍵。
自転車の鍵。
ロッカーの鍵。
そういう、ポケットの中で他の小銭とぶつかりながら生きる、庶民的な道具だったはずだ。
それなのに、ホラーゲームの鍵は妙に誇らしげだ。
「我はハートの鍵」
などと名乗りそうだ。
名乗らなくていい。
開けてくれればいい。
鍵の保管場所もおかしい。
専用の鍵が必要なわりに、その管理が雑すぎる。
トイレのタンクの中。
遺体のポケット。
暖炉の奥。
壊れたピアノの中。
中庭の銅像の手。
水槽の底。
なぜか鳥かごの中。
誰が置いたのか。
鍵を管理するという概念が、途中で何かに負けている。
たとえば、研究所の地下施設。
Sランク職員専用キー。
厳重なセキュリティ。
選ばれた者しか入れない重要エリア。
その鍵が、トイレの個室にある。
なぜだ。
Sランク職員は、トイレで鍵を管理していたのか。
個室に入り、タンクのふたを開け、そこにそっと鍵を置いていたのか。
「ここなら安全だ」
安全ではない。
湿っている。
あるいは、遺体のポケットに鍵が入っていることもある。
これはまだ分かる。
その人が持っていたのだろう。
持ったまま逃げ、持ったまま倒れた。
そこには物語がある。
でも暖炉の奥は分からない。
鍵は燃える。
いや、金属だから燃えないかもしれないけど、溶けるかもしれない。
とにかく、鍵の置き場所としては落ち着かない。
もしかすると、この世界には「鍵を普通の場所に置いてはいけない」という法律があるのかもしれない。
鍵は机の引き出しに入れてはいけない。
鍵はキーボックスに吊るしてはいけない。
鍵は必ず、汚い水の中、死体、仕掛けの奥、または意味深な彫像に預けること。
そんな条例がある。
嫌な自治体だ。
考えれば考えるほど、鍵というものが少し恐ろしくなってくる。
この世界では、鍵を持つ者だけが先へ進める。
力がある者ではない。
足が速い者でもない。
銃がうまい者でもない。
鍵を持つ者だ。
どんなに勇敢でも、鍵がなければ扉の前で止まる。
どんなに賢くても、鍵がなければ地下室へ入れない。
どんなにショットガンの弾を節約しても、鍵がなければ物語は進まない。
鍵とは、権利だ。
「あなたはこの先へ進んでよい」
そう世界から許可されるための、小さな証明書。
だから、亡骸のポケットに鍵がある。
その人も、先へ進もうとしたのだ。
鍵を握りしめ、扉を開け、さらに奥へ行こうとした。
けれど、途中で力尽きた。
そして今度は、わたしがその鍵を拾う。
少し申し訳ない。
人のポケットを探っている。
しかも相手は亡くなっている。
道徳の授業なら、かなり注意される場面だ。
でもここではそれが正しい。
鍵は引き継がれる。
前の誰かが届かなかった場所へ、次の誰かが行くために。
閉ざされた扉を、また別の手が開けるために。
そう考えると、鍵はただの道具ではない。
命のバトンだ。
カチャリ、という音は、単に錠が外れる音ではない。
前に進めなかった者たちの小さな無念が、少しだけ報われる音なのかもしれない。
いや、たぶんそこまで考えて作られてはいない。
今日もわたしは、ハートの鍵を握っている。
ハート。
この非常時に、ずいぶん情緒的な名前だ。
背後では何かがうめいている。
遠くでガラスが割れる。
体力は黄色い。
弾も少ない。
インベントリには、使い道の分からない石板と、まだ開ける場所を見つけていない鍵が入っている。
わたしは館を歩く。
この鍵で開く扉はどこだったか。
さっき見た気もする。
いや、あれはスペードだったか。
カラスだったか。
犬だったか。
自分の記憶が、かなり頼りないキーホルダーになっている。
廊下を戻る。
階段を上がる。
また同じゾンビに会う。
こちらも気まずい。
さっき避けた相手と、また廊下で会うのは少し恥ずかしい。
「まだ鍵を探してるんですか」
そう言われている気がする。
探している。
わたしはずっと鍵を探している。
ゲームの中でも、たぶん現実でも、何かを開けるための鍵を探している。
仕事の鍵。
人間関係の鍵。
朝起きるための鍵
なくした自転車の鍵。
冷蔵庫の奥にある、開けてはいけないタッパーのふた。
鍵は多い。
そして、だいたい見つからない。
けれど、見つけたときだけ、少し世界が動く。
閉じていた扉が開く。
行けなかった場所へ行ける。
分からなかった地図が、少しつながる。
その瞬間だけは、鍵だらけの世界も悪くない気がする。
もちろん、すぐ次の扉が現れる。
「施錠されている」
「別の鍵が必要だ」
またか。
わたしは小さくため息をつく。
しかし、どこかで少し安心もしている。
まだ探すものがある。
まだ開けていない扉がある。
まだ先へ進む余地がある。
鍵の多すぎる世界は、不便で、理不尽で、管理体制が終わっている。
病院としても研究所としても、たぶん最低だ。
ただ、ゲームとしては正しい。
鍵があるから、わたしは歩き回る。
鍵があるから、怖い廊下を戻る。
鍵があるから、死体のポケットを調べる。
鍵があるから、暖炉の奥まで覗く。
そして鍵があるから、扉が開いたときに少し前へ進むことができる。
今日もわたしはハートの鍵を握る。
