コンセントの近くで
最近、わたしの定位置が変わった。以前はリビングのクローゼット、扉を開けてすぐの場所だったが、今は奥のほうに移されている。手前にあるのは、円盤型の彼だ。彼は自分専用の充電ステーションを持っていて、ご主人様はそれを「彼のおうち」と呼ぶ。わたしのおうちはクローゼットの奥。そこにわたしのコンセントはない。引っ張り出してこないと、わたしは動けない。
わたしがこの家に来たのは、たしか十年ほど前だった。それより以前、この家にはほうきと雑巾がいた。彼らはわたしが来ると同時に物置の奥へと押しやられ、そして数年のうちに姿を消した。たぶん、燃えるゴミか燃えないゴミとして出されたのだと思う。わたしはそれを冷ややかに見ていた。
あの頃のわたしは栄華を極めていた。ご主人様はわたしを引きずり出し、コンセントに差し込み、スイッチを入れ、家じゅうの床を吸いまくった。わたしが通った後の床は、見違えるようにきれいになった。ほうきには、ああいうことはできない。雑巾にもできまい。わたしには吸引力があった。わたしには電力があった。わたしはこの家の主役だった。
そんなある日のこと。ご主人様が大きな箱を抱えて帰ってきた。中から出てきたのは、平べったい円盤。彼は床を勝手に動き回り、何かにぶつかると向きを変え、しばらくすると自分のおうちに戻っていった。なんて器用なやつだと、わたしは思った。同時に少し嫌な予感もした。
ご主人様は、彼のことを「えらいねえ」と言った。「えらいねえ」と。わたしが十年間、ご主人様の腰を屈ませながらも床を吸ってきたことについて「えらいねえ」と言われた記憶はない。
彼は床に落ちていた何らかのコードを巻き込むと、ご主人様に助けを求めるような音を出す。するとご主人様は「あらあら」と言いながら、優しく彼を助け起こす。
わたしが何らかのコードを巻き込んだとき、ご主人様はわたしのスイッチを乱暴に切り、コードを引きちぎる勢いで引き出した。「もう」と、ご主人様は言った。「あらあら」ではなく「もう」。
わたしには分かっている。
彼はわたしより薄く、ベッドの下にも入れる。彼は留守中も働ける。彼は静かだ。わたしは大きな音を立てる。わたしはコードに縛られている。わたしは人間に押されないと一歩も動けない。性能で抗えるとはもう思っていない。
でもひとつだけ言わせてもらいたい。彼がきれいにしたあとの床を、わたしがあとからかけると、けっこうゴミが取れるのだ。ご主人様はそれを見て「あらあら」と言う。今度は彼に対してではなく、床に対してだ。わたしに対しては何も言わない。
それからもうひとつ。彼は階段を降りられない。階段を掃除するとき、ご主人様はわたしを引っ張り出す。コードをコンセントに差し、わたしを抱えるようにして、一段ずつ降りていく。そのときだけ、わたしはご主人様の腕の中にいる。彼はクローゼットの手前で、自分のおうちで充電している。わたしは階段の途中で、ご主人様に抱えられている。
クローゼットの奥でわたしはコードを巻きながら考える。ほうきと雑巾は最後に何を考えていたのだろう、と。たぶん何も考えていなかったのだと思う。彼らには考える機能がなかったのだと思う。
わたしにもないのだろうか。
わたしは何も考えていないのかもしれない。
