【前編】三島の師匠を訪ねて。半日で起きた、小さな奇跡の話
三島へ向かう理由は、だいたい人
静岡県の三島市。
……いや、正確には駿東郡清水町。
この「いや、正確には」と言いたくなる感じ。
大人になると増える。
誰もそこまで気にしていなかったとしても、自分だけが地名の正確性に引っ張られている。脳内の小役人(自分)がうるさいのだ。
そこに、わたしの和太鼓の師匠、上野由人 さんがいる。
幼馴染の 井澤寛史 さんと二人で、DIYで和太鼓スタジオを作ってらっしゃるのだ。
DIY。
この言葉には、なんというか、「木材」と「努力」と「ホームセンターの閉店30分前」みたいな匂いがある。
だからわたしは勝手に、
「すごい情熱で頑張ってる手作り空間」
みたいなものを想像していた。
人は時々、自分の想像力の貧しさに直面する。
しかも高速道路のサービスエリアのトイレ帰りみたいなタイミングで。
「DIY」という言葉に対する、わたしの浅い偏見
実際に拝見したスタジオは、めちゃくちゃちゃんとしていた。
いや、「ちゃんとしていた」という表現すら失礼なレベルでちゃんとしていた。
綺麗。
広い。
センスがある。
照明も良い。
壁も良い。
空気も「ここ、絶対いい音するやつだ」という顔をしている。
DIYというより、もう普通に建築だった。
しかもスタジオとしてほぼ完成していて、すでに太鼓も叩ける状態。さらにステージとしての利用まで想定されてるとのこと。
人類はいつからDIYでここまで来たのですか。
わたしの知っているDIYは、棚が若干ななめになる、あたりで止まっていた。

7年という時間が、雑に消滅した日
師匠と最後にお会いしたのは、たぶん7年くらい前だった。
7年。
小学一年生が、中学生になっているくらいの時間だ。
その時間を経て再会した師匠は、まったく変わっていなかった。
温かい。
優しい。
そして、人の話を受け止めてくださる力が異常に高い。
究極の受容性。
7年という時間が、会った瞬間に消えていた。
なんというか、事象の地平線同士がつながった感じがした。
「お久しぶりです!」のあと、脳が勝手に「昨日の続き」に移行していた。
人間関係にもワームホールってあるのかもしれない。
ハイゼット・ドリーム、静かに終わる
わたしは最近、車を買い替えた。
ハイゼットにした。
理由は、師匠がハイゼットに乗っていたからだ。
人は大人になっても、普通に影響される。
むしろ大人のほうが、静かに影響される。
誰にも言わずに、じわっと。
今回の三島行き、わたしには密かな野望があった。
師匠のハイゼットと、自分のハイゼットを並べて写真を撮る。
師弟ハイゼット!
が。
待ち合わせ場所に着いても、師匠のハイゼットがない。
聞けば、車を買い替えられたとのこと。
わたしの中で静かに進行していた「ハイゼット継承物語」が、一瞬で打ち切りになった。
ジャンプなら三話で終了。
わが野望、潰えたり。
豆腐アイスと、柿田川の透明な水
そのあと、師匠と一緒に豆腐アイスを食べながら、柿田川公園 を散策した。
柿田川の水は、ちょっと怖いくらい透明だった。
透明すぎる水を見ると、人は急に黙る。
脳が「これは見ていい透明度なのか?」と一瞬判断に迷うのかもしれない。
魚まで浮いて見える。
というか、水が透明すぎて、「魚だけ空中にいる」みたいになっていた。
現実が少しバグっていた。

わたしは、うなぎを誤解していた
お昼時になり、師匠が聞いてくれた。
「何か食べたいものある?」
「海鮮を!」
若干食い気味の即答だった。
今回わたしには「海の幸を食べる」というミッションもあったのだ。
突然だけど、ここで少し回想に入らせてほしい。
昔のわたしは、うなぎが苦手だった。
脂っこい。
ベチョベチョしている。
結局タレの味じゃん。
そう思っていた。
東京で偉い方に「うなぎでも食いに行くか!」と言われても、
「うなぎは苦手なんで。オレンジジュースください」
くらいの態度を取るB級妖怪っぷりだった。
昔、師匠が三島でうなぎをご馳走してくださったことがある。
食べた。
別次元だった。
「これ、わたしが知ってるうなぎじゃない」
と思った。
例えるなら、
ずっと、カニ風味かまぼこしか知らなかった人間が、本物のカニを食べた時の衝撃に近い。
その日を境に、わたしはうなぎが好きになった。
師匠は、和太鼓だけでなく、うなぎの扉まで開いてくださったのだ。
人生には時々、この人に出会ってなかったら食べてなかったもの、がある。
三人で食べた海鮮五食丼のこと
そして今回。
スタジオDIYの相棒である井澤さんも、お昼がまだとのことで、三人で海鮮を食べに行くことになった。
昔のこと。
和太鼓のこと。
スタジオのこと。
これからのこと。
色々話しながら食べた海鮮五食丼は、異様に美味しかった。
たぶん、味だけではなかったのだと思う。
人は時々、誰と食べたかを、味に混ぜ込んでしまう。
あとから思い出す時、刺身の種類より、あの空気を思い出す。
海鮮五食丼なのに、記憶の中では「人間関係丼」みたいになっている。
ちょっと嫌な名前だ。でも暖かい。

