銃弾の占領。ポケットの覇者
サバイバルホラーゲームの世界において、銃弾の存在感はちょっと異常だ。
ゾンビがいる。
廊下は暗い。
窓の外で何かが鳴いている。
地下室には、たぶん人間が設計してはいけないタイプの仕掛けがある。
しかし、プレイヤーが本当に気にしているのは、そこではない。
「弾、足りるか?」
怪物よりも、闇よりも、血のついた壁よりも、まず弾数。
弾数は祈りであり、通帳残高であり、冷蔵庫の卵の数である。少ないと心が荒む。
ハンドガンの弾が残り7発。
ショットガンの弾が2発。
マグナムの弾は、なぜかもったいなくて一生撃てない。
この状態で長い廊下に入ると、廊下が廊下ではなくなる。
それはもう、弾薬残量確認通路である。
壁紙が剥がれていようが、どこかで犬が窓を割ってこようが、こちらの頭の中では小さな会計係がそろばんを弾いている。
「この先でゾンビが2体なら足りる。
3体なら危ない。
4体出たら、もう思想で戦うしかない」
思想はゾンビに効かない。
弾がないと人は思想に頼りはじめる。
サバイバルホラーゲームには、奇妙な法則がある。
ハンドガンの弾15発。
ショットガンの弾5発。
回復スプレー1本。
グリーンハーブ1束。
謎の鍵。
紋章。
石板。
どう見ても重そうな歯車。
これらが、だいたい同じ「1枠」として扱われる。
現実で考えれば、かなり乱暴だ。
9mm弾15発など、ポケットに入る。
ショットガンの弾も、工夫すれば持てる。
ましてや鍵など、普通は1枠どころか、ポケットの端でカチャカチャしていればよい存在だ。
サバイバルホラーの世界では違う。
鍵は堂々と1枠を占領する。
「オオカミの鍵」などという立派な名前を与えられた鍵は、もはや鍵ではない。小型の権力だ。
「シバイヌの鍵」も同様だ。
かわいい名前をしているが、インベントリ上では容赦がない。
犬種の顔をして、容量を食う。
そして弾薬。
「ハンドガンの弾 15発」
これが1枠。
「体力回復スプレー」
これも1枠。
つまりこの世界では、15発の弾丸とスプレー1本が、同じくらいの存在感を持つことになる。
どういうことなのか。
弾丸が異様に大きいのか。
スプレーが異様に小さいのか。
それとも主人公のポケットが、法律で細かく区切られているのか。
想像すると怖い。
主人公の上着の内側には、小さなマス目があり、そこに弾丸やハーブや鍵をぴったり収納している。
まるで人体に内蔵された弁当箱である。
しかも融通が利かない。
「この隙間に弾を数発だけ入れよう」
などという人間的な工夫は許されない。
15発なら1枠。
5発でも1枠。
鍵でも1枠。
謎の石板でも1枠。
世界は平等。
平等かもしれないが、かなり嫌な平等だ。
暗い廊下を進む。
棚の上に、ショットガンの弾がある。
この世界でショットガンの弾を見つけたときの喜びは、現実でいうと、冬のコートのポケットから千円札が出てきたときに近い。
その千円札はゾンビの頭を吹き飛ばせる。
ありがたい千円札だ。
しかし、次の瞬間、画面には無慈悲な現実が表示される。
「これ以上持てません」
出た。
この言葉は、サバイバルホラー界における般若心経だ。
意味は分かる。分かるが、納得はしていない。
所持品を開く。
ハンドガンの弾。
ショットガンの弾。
グリーンハーブ。
オオカミの鍵。
シバイヌの鍵。
回復スプレー。
回復スプレー2本目。
ストーリー進行に絶対必要な謎の石板。
どれも捨てにくい。
弾はいる。
ハーブもいる。
鍵はもっといる。
石板は、今は邪魔だが、後で絶対に「持ってきておいてよかった」と言う顔をする。
石板にはそういう顔がある。石のくせに。
ここで、インベントリは裁判所になる。
被告、グリーンハーブ。
罪状、今すぐ必要ではないこと。
弁護人であるわたしは主張する。
「しかし、今後ダメージを受ける可能性があります」
検察であるわたしも主張する。
「だが、ショットガンの弾を拾えば、そもそもダメージを受ける前に敵を倒せる可能性があります」
裁判長であるわたしは、しばらく沈黙する。
そして判決。
「グリーンハーブを捨てる」
有罪である。
床に置かれるハーブ。
青白く光るハーブ。
何も悪いことをしていないのに、床に置かれる植物。
申し訳ない気持ちはある。
でも仕方がない。
この世界では、優しさよりも火力が優先される場面がある。
そもそも、なぜ主人公たちはバックパックを持たないのか。
これが大きな謎である。
あんなに危険な場所へ行くのだ。
館。
研究所。
地下施設。
廃病院。
村。
やたら霧の濃い町。
どこへ行くにしても、普通ならリュックを背負う。
水。
ライト。
弾薬。
救急用品。
携帯食。
地図。
予備の電池。
できれば帰りたいという強い気持ち。
最低でもそのくらいは持っていく。
しかし、サバイバルホラーの主人公たちは、なぜかポケットと上着だけで乗り切ろうとする。
上着への信頼が厚すぎる。
「このジャケットなら、なんとかなる」
ならない。
ゾンビは来る。
犬も来る。
天井から何か落ちてくる。
パズルに使う巨大な宝石も持たされる。
それでも主人公はバックパックを背負わない。
もしかすると、この世界ではバックパックが禁制品なのかもしれない。
あるいは、主人公たちには独特の美学があるのかもしれない。
「背中に荷物を背負うと、恐怖が薄まる」
そういうことなのか。
たしかに、パンパンの登山リュックを背負った主人公が、ゾンビから逃げている姿は少し違う。
ホラーというより、過酷な遠足になる。
それでも思う。
せめて弾くらい、ベルトに挿せないか。
ショットガンの弾を胸元に並べるとか。
ハンドガンの弾を小さなポーチに入れるとか。
鍵はキーケースに入れるとか。
文明は、そのためにあるのではないか。
この世界の文明は、妙なところで止まっている。
謎の仕掛け扉を作る技術はある。
動物の紋章をはめると水路が開く装置もある。
地下研究所に巨大エレベーターもある。
だが、バックパックはない。
人類は順番を間違えた。
とはいえ、考えてみると、弾薬が現実のサイズで持ててしまったら、ゲームは崩壊する。
ポケットに弾を200発入れる。
ショットガンの弾も大量に持つ。
回復アイテムも全部持つ。
鍵も全部持つ。
石板も歯車もエンブレムも、ついでに拾う。
そうなると、恐怖が消える。
敵が出ても、撃てばいい。
ダメージを受けても、回復すればいい。
探索で迷っても、全部持っているから戻らなくていい。
それはもうサバイバルホラーじゃない。
荷物の多い人による清掃活動だ。
だから弾薬は、あえて重くされている。
物理的にではなく、意味として重い。
この世界の銃弾は、ただの鉛ではな、未来を切り拓く権利なのだ。
一発撃つたびに、少しだけ未来が安全になる。
一発外すたびに、未来がこちらを見放す。
残弾数は、希望の粒といっていい。
一方、ハーブは現在を癒すものだ。
傷ついた今の自分を、どうにか立て直す。
噛まれた腕、引っかかれた背中、謎の毒、よく分からない精神的疲労。
それらをまとめて緑色で包んでくれる。
弾丸は未来。
ハーブは現在。
そう考えると、インベントリの選択は急に哲学になる。
未来を取るか。
現在を取るか。
これから敵を倒す力か。
いま傷ついた体を癒す力か。
画面の前で、わたしは深刻な顔になる。
たかがゲーム。
しかし、こちらの眉間には、会社の重要会議みたいな皺が寄っている。
そして、だいたい弾を取る。
なぜなら小心者だからだ。
傷ついてから考えるより、傷つく前に撃ちたい。
回復する余裕がある状況など、たいてい安全なのだ。
本当に危ないときは、メニューを開く前に死ぬ。
ハーブは言う。
「備えは大事ですよ」
弾丸は言う。
「備える前に倒せ」
わたしは弾丸のほうを信じてしまう。
声が乱暴なものほど、危機の場面では頼もしく聞こえてしまう。
よくない傾向である。
結局、今日もハーブを床に置く。
「また、やっちまったな」
誰に対してでもなく呟く。
床の上で、ハーブが青白く光っている。
あの光り方がいけない。
まるで責めているように見える。
「本当にそれでいいの?」
そう言われている気がする。
よくはない。
よくはないけれど、ショットガンの弾を拾うためには仕方がないのだ。
こちらにも事情がある。
この先に何がいるか分からない。
妙に広い部屋があり、弾が置いてあり、セーブポイントが近くにある。
これはもう、何か来る。
ゲームは親切なふりをして、だいたい何かを隠している。
「どうぞ弾をお持ちください」と言いながら、その奥で大型の怪物を温めている。
親切な旅館のような顔をした罠だ。
だから弾を持つ。
ハーブを置いて、弾を持つ。
命を癒す草より、命を遠ざける鉛を選ぶ。
こう書くとかなり荒んだ人間のように見えるが、サバイバルホラーの中では、わりと普通ではないか。
むしろ堅実ですらある。
そして数分後。
戦闘が始まる。
焦る。
的を外す。
また外す。
なぜそこで外すのかという距離で外す。
画面の中の主人公より、画面の前のわたしのほうがダメージを受けている。
敵が迫る。
体力が赤くなる。
ああ、ハーブ。
さっきのハーブ。
しかし、もう戻れない。
戻ればそこにあるかもしれない。
だが、戻る道にも敵がいる。
そして何より、いま戻るという判断が、すでに負けを認める行為のように思える。
ショットガンを構える。
弾は裏切らない。
いや、正確には、わたしが外すので裏切られることはある。
それは弾のせいではない。
弾はまっすぐ飛ぼうとしている。
曲がっているのは、わたしの操作と心だ。
ハーブは裏切る。
というより、わたしがハーブを裏切っている。
それでも今日も弾を抱えて進む。
床に置いたハーブのことは、いつか忘れる。
きっと次の部屋で、また別のハーブを見つける。
そしてまた悩む。
持つか。
捨てるか。
未来か。
現在か。
そのたびに小さな裁判が開廷され、だいたい植物に厳しい判決を下す。
サバイバルホラーとは、怪物から逃げるゲームではない。
限られた枠の中で、自分の浅ましさと向き合うゲームなのだ。
