ホームセンターの、効能不明コーナー
ホームセンターに行くと、わくわくする。
これは断言してよい。デパートでもなく、家電量販店でもなく、ホームセンター。ホームセンターには、役に立つに違いないが、何のためにどう役立つのか分からないものがたくさん置いてある。
たとえば、銀色の筒に黒いノズルがついていて、横腹に「強力」と書いてあるスプレー。何に効くのか。強力なのは分かった。何にだ。
こういうものが世界の平和を保っている。わたしはそう思っている。世界中の人がみんな、自分の使うものの効能を完全に理解していたら、世界はもっと殺伐としているはずだ。よく分からないものを、よく分からないまま棚に並べておく寛容さが人類を支えている。
シリコンか、シリコーンか
潤滑剤の棚の前で足が止まった。
シリコンスプレーと、シリコーンスプレーが、並んで置いてある。
「シリコン」の方は、缶のデザインがどこか垢抜けている。横文字が斜めに走っていて、若そうな男性が缶を握っている写真が貼ってある。
「シリコーン」の方は、長音記号が一個入っているぶん、文字数が多い。缶のデザインは地味で、研究室にあってもおかしくない。横文字は走っていない。
スタイリッシュなのは、シリコン。
効きそうなのは、シリコーン。
なぜか。重みがあるからだ。「シリコーン」と発音するとき、口の中に少しだけ滞在時間が生まれる。その滞在時間のぶん、効能が体に染みる気がする。「シリコン」だと、コンっと出ていってしまう気がする。
潤滑剤の棚の前で、十二分
潤滑剤の棚の前に、わたしは、十二分いた。
「だいたい十分くらい」と書いてもよかったが、正確に十二分。なんとなくスマートフォンで時間を確認していた。最初に棚の前に立ったのが14時7分で、隣の棚に移動したのが14時19分だった。
このあいだ、わたしは何をしていたか。
缶を両手に一本ずつ持って見比べていた。手の中でシリコンとシリコーンがしずかに対峙していた。
途中、ベアリング用と書かれた別のスプレーが目に入って、そっちの缶も手に取った。ベアリングが家にあるかどうかを考えた。たぶん、ない。自転車にはあるかもしれないけれど、わたしの自転車のベアリングは、わたしの管轄ではない。自転車屋さんの管轄だ。
そこから自転車のことを少し考えた。もう七年近く乗っている。後輪のあたりから、雨の日にだけ、かすかな音が鳴る。「キュッ」というほどでもなく、「キィ」というほどでもない、その中間の音。
この音に効く潤滑剤は、シリコンか、シリコーンか。それともベアリングか。
棚の前でわたしは、自分の自転車の雨の日の音について考えていた。潤滑剤の選定をしているのではない。自転車に思いを馳せていたのだ。
結局なにも買わずに、ねじを買う
十二分後、わたしは何も持たずに棚を離れた。
シリコンも、シリコーンも、ベアリング用も、買わなかった。買わなかった理由は、決断できなかったからだ。決断できなかった理由は、効能がわからなかったからだ。効能を知らないまま缶を買うことで勇気を誇示することはできるが、よく分からないものを店の棚から自宅に移すだけの行為ともいえる。世界の平和は保たれるかもしれないが、家にゴミが増える。
代わりにねじを買った。
ねじは何に使うか分かる。回せば締まる。
レジに持っていったのは、M4の25ミリのなべ小ねじ、十本入り。167円。これを何に使うかは決まっていない。決まっていなくても、いつかはなべに使える。ねじとはそういうものである。
シリコンスプレーは、いつかは何かに使う、にはなりにくい。効能を知らないからだ。使い方の知らないものを、いつかは何かに使う、と言うのは嘘になる。
ねじは違う。ねじは知っている。回せば締まる。
レジで気づいたこと
レジで会計をしているとき、レジの横に小さなカゴが置いてあった。
カゴの中にはシリコンスプレーが、五本入っていた。
特売品らしく、値札に手書きで「298円」と書いてある。普段いくらなのかは書いていない。
ここである可能性に気づいた。
棚の前で十二分かけて選ばず、レジ横のカゴから掴んで買ってしまった人もいるのではないか、ということだ。その人は、効能を知っているのか、知らないのか。
知らないまま掴んだのだとしたら、その人はわたしより自由だ。
知ったうえで掴んだのだとしたら、その人はわたしより詳しい。
どちらにしても、わたしより何かが進んでいる。
会計を済ませ、ねじの袋を握って自動ドアを出た。駐車場の向こうで、誰かが軽トラックの荷台にシリコンスプレーを積んでいた。三本くらいまとめて積んでいた。
シリコーンの方ではなかった。
少なくともあの人は、明確な目的と意図をもって、あのスタイリッシュなシリコンスプレーを買ったのだ。ちょっとうらやましい。
